日々是好日

日々をじっくりと生きる、スタイルのあり方を考えるブログ

絶望という名の幸福の調味料

「祈りのちから」という映画を観に行った。本当はシン・ゴジラを見たいところだったのだが、最近どうにも力が出ない、何をしても中途半端なやる気が出ず、困り果てて相談した知人に即答でこの映画を見るように勧められたからだ。


映画 『祈りのちから』 7.9公開 映画『祈りのちから』 | オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

予備知識なく観に行ったけれど、内容は完全に密度の濃い宗教映画だった。

ストーリーは非常に単純で、傍目にはうまくいっているように見える家庭が、実際の中身はぐちゃぐちゃで崩壊寸前というところから、イエス・キリストへの祈りを通して、徐々に状況が好転していくという、ザ・王道なシンプルな内容。だからこそ、単純にメッセージに集中できた。

けれどその崩壊ギリギリのあたりの主人公の苦悩が自分の感覚とシンクロして、本気で苦しいと感じた。

現状に絶望すること。

もうこんな状況はもうたくさん、こりごりだ! と心から思うこと。

これってものすごく重要なことのように思う。人が変わりたいと思ってもなかなか変われないのは、今までのやり方に執着してしまうから。まだなんとかなるってどこかで思っている。

知識と経験、そして周りの目を気にすることで他の選択肢をとることができない。

変化を起こすためには、文字通り、「望み」を「絶つ」。「これまで通りのやり方でなんとかうまくごまかしてやっていきたい」 という望みにケリをつけることなのだろう。それに気づいた瞬間、自分が今まで大事にしていたやり方、あるいは見えていたけど取ろうとしなかった選択肢の存在が一気に見えたように思えた。

槇原敬之(マッキー)の曲で『太陽』という曲がある。

『確かに今まで迷わずにいられたわけじゃないんだ
疑うことで本当のことが確かめられることもある
例えばあの時の雨雲が僕らにかからなければ
前より強いこの気持ちを感じられていただろうか
誰かのための幸せを当たり前に祈りたい
今の僕に必要なのはたったその一つだけ』

大学の時にこの曲を自分の命題として決めて以降、 この歌詞を聞くたびに、人生の難しさとそれゆえの面白さや尊さを感じる。大人になってから必要なことは、きっと自分にとって何が大事なのかを大事に選んでいくことにあるのだろう。

どれだけ恥ずかしい思いをしようが、結果としてどれだけ弱い自分と向き合うことになろうがその先にしか、自分にとって正しい道はないのだろう。人生はいつだって、選択と変化の連続だ。この弱さがいつか誇れるように感じられる日もやってくるのだろうと信じたい。

誰かの期待を自分の期待にすり替えないこと

自分は非常に感性的というか、感受性が高い人間だと思っている。

それは、子供の頃から人一倍相手の言葉と言葉の裏側にある感情を受け止めてしまい 自分の感情を優先できないという経験から培われたものだ。

そうしてエネルギーが発散できないでいると内側に熱がこもって 自分を苦しめてしまう。だが、難しいのは、本当は内側(こころ)の問題で あることを、外側(環境や人間関係)の問題にしてしまいがちということだ。

「あ、これは俺はどんづまってしまったかもしれない」 「これはちょっと立ち直れないかもしれない」 というくらいに、心がどん底まで落ちると、ようやく握りしめていたものを 手放して、なんとか浮き上がろうという体制が整う。 本当はもっと早い段階で気がつきたいんだけどね。

力を抜いて、ふと一体自分が何にあんなにしがみついていたのかと 思うと、他人からの期待に応えようとすることだった。

自分は自分のままでいきたいのに、自分を見た誰かが良かれと思って、 あれもやればとかこれもやればとアドバイスをする。 そのアドバイスをありがたいと思うことは、大事だが、そのために 自分のエネルギーを割きすぎると、途端に消耗のスパイラルに入ってしまう。

自分のためにエネルギーは使わないと、からだの中で再生産されない。

「頑張れ」と言われることは、言い方を変えれば 「今のままではダメだ」という不足を促すメッセージになる。

頑張れとか言われなくても、勝手に頑張りたくなるものにしか 興味がないのだ。

イチローが3000本を打てたのは、単純に野球が好きで好きで 仕方なかったからだと思う。頑張ってやれるようなレベルの代物じゃない。

自分を自分以外の誰かが望むストーリーの登場人物にさせないこと。 次のページにどんな行動を刻むのかを考えるのは、自分しかいないのだから。

自分を抑えず、解放し、受け入れる。 そのサイクルを繰り返す中で、新しい自分とまた一つ出会っていくしか ないのだろうと思う。

GIVE & TAKE〜「与える人」こそ成功する時代〜を読んで

アダム・グラント氏の新刊『 ORIGINALS〜誰もが「人と違うこと」ができる時代』が発売になったキャンペーンとして、前著のkindle版が6月末まで半額に値下げされていることを知り、迷わずクリックした。こういう柔軟な価格調整できるところ、Kindleはやっぱいいなぁと思う。少なくとも定価で買う気持ちになれていなかったから。

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

 

 

新刊も読み応えがあって素晴らしいのだけれど、このGIVE&TAKEもかなりの読み応え。

 

組織心理学から見た、人の行動のタイプを「ギバー」「マッチャー」「テイカー」に分けて、それがどう社会的成功とどう関連付けされているかを膨大な研究結果を踏まえながら説明してくれている。

ギバーは自分の見返りを求めず与える人、マッチャーは損得のバランスを考える人で、テイカーは自分の利益を第一に考える人。普通に考えたらマッチャーの人が多いんだろうな。

 

統計を取ると自分のことより相手のことを優先するギバータイプの人は社会的には成功しない。著者はアメリカだけど、日本でも保育士とか、介護士とかの状況を考えると、確かに与えることに満足感を感じる人はあまり条件のよくない仕事に就いたり、あるいは悪い人に騙されるケースが多い印象。ただ、この本の面白いところは、では最も成功している人たちはどうなのか、というと、これもまたギバーになるんだそう。両極端に触れる。

 

では、報われるギバーと報われないギバーとが生まれるのは何故か、という点がいろいろ中身としては書かれているので気になる人は読んでみるといいです。一言で言ってしまえば、「情けは人のためならず」ということなのだけど、過去の偉人の行動を行動心理学的に分析したメッセージはなるほどど思わせてくれる。

 

最近の自分はギバー精神に溢れた人たちと一緒にいることが多くて、自分を大切にしながら、人に与えることになんの見返りも求めない、むしろ与えることがすでに報酬だとでも言わんばかりの、一緒にいると心の美しさに感動すら覚えるような素敵な人たちと出会うことが多い。

 

だからだろうか、一緒にいて「この人は何をしてくれるんだろう」と値踏みするようなテイカーに対する嫌悪感みたいなものも大きくなっているように思う。人が人を値ぶみするような場に参加することは元から苦手なのだが、何故なのかが分かった気がする。テイカーへのアンテナがより鋭くなっているんだと。

 

ここ10年、心理学の世界ではポジティブ心理学というジャンルが発展していて、その主張とは「成功するから幸せになれる」から「幸せだから成功できる」という考え方からきている。マインドフルネスもそうだけれども、ただお金を持っていれば幸せだと言い切れる時代を超えて、本質的な個のこころの納得感が、価値観の尺度になる傾向は2010年代になってきてからかなり強まっているなーと感じます。

どの世界観で物事を見ていくのかということ

イギリスのEU離脱が決まった。カフェで仕事しながら、ネットニュースの速報で知った。 恥ずかしい話、国民投票が行われることになった経緯をようやく知ったレベルなのだが、 正直離脱が決まったことには驚きだった。これはとんでもないことになるなぁ、 というのは持ち合わせのわずかな知識だけでも想像は容易かった。

離脱のもたらす様々な影響については、論じることはないので控えるとして、 後ろの席から女性同士の話す内容が耳に入ってきた。

「イギリスがEU脱退して円高になったから海外旅行安くいけるねー、やったぁ」 多分、言った本人にとっては円高になっている事実だけが大事なのだろう。 これからEUが、もしくは世界全体がとても不安定になるかもしれないというのは 大きな問題ではないのかもしれない。日本でだって株式相場に大混乱が起きている。 FXをしている人の中には大変な痛手を被った人もいるのだろう。

話を聞きながら、昨年の冬にある社会福祉法人に伺った時のことを思い出した。 車を使って、福祉団体の方と施設の間を移動していた時のことだ。 その日は一段と寒さが厳しい日で、肌を突き刺すような強い風とともに雪が舞い始めた。 アジアに行っていたことで久しぶりの冬、そして2年ぶりに見た雪が嬉しく、 「きれいな雪だ、どうせ降るなら積もるくらいがいいなぁ」 とつぶやいた。

けれど、施設の方はこの何気なく言った言葉を聞いて怒り出した。 「とんでもない、この雪で滑って転んで動けなくなって、一気に亡くなってしまう高齢者がどれだけいることか。 大雪が降るたびに苦しむ人が大勢でることになる。本当に降らないでほしい」

起きている現象がその後どう影響を及ぼしているのか。 まだ健康体である僕にとっては問題ではないことが、違う世代の人にとっては 異なる意味合いを持つことになる。

これがどの世界観で物事を見ていくのかということなのだろう。

とはいえ、雪が降って喜ぶ子供たちがいるように、 誰かが悲しむ原因が、誰かの喜びのきっかけになることもある。 人は喜びながら、悲しむことはできない。 僕はやっぱり雪は好きだし、子供が雪で楽しんで遊ぶ姿を見るのが 好きだから、まだその人の言葉は分かりながらも雪が止んで欲しいとは思えなかった。

どんな出来事でも、いろんな視点から見てみると 良い面も悪い面もある。起こってしまった事実が変わらないのであれば なるべく良い面を喜べる方を選んでいきたい。

【書評】悩みどころと逃げどころ / 〜いい人生とはどんな状態か〜

ブログの世界で有名なちきりんさんと、対戦格闘ゲームの世界では「神」と呼ばれるほどの梅原大吾さんの対談本を読む。両者の本はこれまでに何冊か読んでいて、思考はだいたい把握していたから、これは刺激的な対談になると思ったが、その通りの内容だったと思う。つまりガチだ。
悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

悩みどころと逃げどころ(小学館新書)

 

 

本書の内容の本質的なメッセージは、
「自分にとっての答えは、自分であがきながらも探し続けるしかない」
「出した答えがどんな結果になろうとも、誰にも評価されるものではない」
ということなのかなと思う。
ちきりん:そうでもないんですよ。「いい大学を出ていい会社に入れたからいい人生」とか、女性だったら「結婚して子供を産んで、それで初めていい人生だと思える」とか、ある種の「いい人生の型」みたいなのが存在してて、それと照らし合わせて自分が幸せかどうか、判断する人もたくさんいる。(中略)学校教育がそういうパターン化された「いい人生」を手に入れるために何をすべきか、教えてるからかも。
僕は名古屋の出身なので、ちきりんさんの主張に心から納得してしまう。喫茶店の中で繰り返される井戸端会議で話し合われる会話の内容は、誰がどこの大学にいって、誰と結婚したかとか社会的ステータス上の価値基準に照らし合わせた会話ばかりだ。僕は、この文化を「相互洗脳」だと感じていて、子供の頃から狭っ苦しい範疇から抜け出したくて仕方がなかった。
 
この2人の強い主張は、一見勝者の視点のように感じる。「成功したからそう言えるんだ」と。事実そうだと思う。けれど、二人とも最初から強かったわけではない、意思決定を積み重ねて、行動した結果としての今がある。疑問を持つこと、自分の中の違和感を見過ごさないこと。
 
人の言葉に委ねて人生を生きてしまう苦しさ
 
この本に感じる面白さ、キャリアも領域も全く異なるフィールドで戦ってきた二人が、辿るルートは違えども出した答えは同じということだ。
 
賢く生きることに意味はない。賢いという言葉自体、他者との比較の中から生まれる言葉だ。
『「自分にとっていい人生だった」という解を出すために、何をすればいいのか。』その問いに誠実に、「逃げずに」立ち向かうのか。
 
限られた選択肢しかなく、間違えないように不安でコーティングして、学ばせているのが現在のキャリア教育のあり方のように思う。ただ、両極端な人生を歩んできた二人の出した結論が近いということは、実は方程式の解き方も、過程も思っているより、いく通りもあるという象徴であるように思う。
大人の役割とか、先生の役割って、本来は「こうやって遊ぶと、人生楽しいよー」って教えることだと思うんです。遊ぶっていうか、「こうやって過ごすと、人生楽しいよー」って、しかもクチで説明するんじゃなく、自分の人生を見せながら、子どもに人生の楽しさを示していく。
結局のところ、人は複雑化した状態を嫌がるから、簡単な一本道を提示できる方が楽なんだろうと思う。けれど、楽なことは楽しいこととは異なる。決められた座席を奪い合う「絶対解」ではなく、一人ひとりに与えられている「納得解」をどう増やすのか。
 
自分の場合でいえば、海外に一時的にとはいえ住居を移して生活をした経験が、「死ななければどうとでもなる」という自信を運んできてくれた。自分が思っている以上に、常識なんて地域限定性が高い。今いる場所が違うのであれば、迷わず飛び出してしまえばいい。その想いがある限り、 人が用意したなんとなくの答えに興味を持つことはないのだと思う。
 
放っておいても、これから人工知能の発達によって、単純な労働は機械に置き換えられるようになる。その時に、必要なスキルは、自分にとって大切なことをどうやって見つける能力になっていくのかもしれない。

 

尚、梅原さんのもう一冊の本。こちらもオススメ。 

勝ち続ける意志力 (小学館101新書)

勝ち続ける意志力 (小学館101新書)

 

 

多角的な思考と表現方法を広げる本の読み方

最近、少し本の読み方が変わってきた。

 

昔は多読というか、とにかくたくさんの本を読んでインプットして、そのうちの何割かが知識として残ってくれればいいやという場当たり的な読み方をしていた。もちろん蓄積されたものもたくさんあるのだけれど、今はもう本を読む時間を多くとれるわけではない。そうなると当然読書の質を上げる必要がある。一度の体験から多くの気づき・学びを得たいと考えるようになった。

 

そのために始めている読み方がある。タイトルに戻る話。

それは、「本の目次を読んでどんな内容かを自分で予想して簡単に書いてみること」。目次にはだいたいその章で書きたいことがまとめとして紹介しているから、おそらくこのことについて書きたいはずだという内容を先に書いてみる。その上で読み進めていくと、頭の中に入ってくる情報の質が変化する。

著者の論点がはっきりとわかるようになる。自分が事前に考えた論点との違いがあれば、その違いこそが、自分が新しく取り入れるべき価値観であり、視点なのだ。一度自分の頭で考えたプロセスを経ている分、記憶への浸透度も強化されているように思う。

その点でいうと、人生相談系の本は考えの幅を大きく広げさせてくれる。先日発売された為末さんの本も特に学びが大きかった。

逃げる自由 〈諦める力2〉

逃げる自由 〈諦める力2〉

 

こうしたタイプの本は、各章のはじめに質問があり、それに対して著者が思う回答を記載していく。まず質問だけを読む。そして、質問者が「何を聞きたいのか」「何を返答すればいいのか」「何に答えてあげれば質問者の悩みが解決するのか」を考え、ざっくり自分の回答を先に作ってみる。

こういう相談の答え方は2種類あると思う。1つは単純に質問に対する具体的な回答を示すこと。海外に行きたいならTOEIC勉強しなさいといった、誰でもわかる答え方。男性はよくこういう回答をしたがる。問題解決が好きだからね。

もう一つは質問者の問いの間に隠された考え方に対して焦点をあてて、考え方そのものに新しい道筋を作ってあげること。為末さんなんかは、問いの行間を読むのがすごくうまくて、読むたびに発見がある。

あとは、自分の考えの根拠を強化する補足説明でどんなことを話すか。これは個人の体験によってアウトプットの視点・説得力が変わり、日本人初のプロアスリートの為末さんはその点持ち出せる経験が多くあることがよくわかる。このあたりは流石というかうらやましいというか。

人と気持ちを通わそうとするときに、大切なのは「正解」ではなく、「共感」だと思う。共感力を高めるためには、世界にはたくさんの人がいて、それぞれにとっての考えや視点があるということを理解すること。自分とははっきり違うと思える相手との共存を積極的にできるようになれたらいいなぁ。

 

粉々に砕けてしまったスマホ液晶を自力交換してみた

去年購入してから以降、何事もなく使えていたzenfoneの液晶を盛大に割ってしまった。何事も「まさか、自分は・・・」と考えるのは人の常だけども、割れる時は割れるんですね。

 

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上下とも割れているから何とも使いづらい。特に下半分はうかつに触ると刺さって痛い。 

 

simフリーで運用しているから、キャリアの保証なんかもない。

そのままでもいいかなと思っていたけれど、入力する画面にヒビが入っているために指にガラスの破片が刺さる。こ、これはやりずらい、、、。

そんな経緯もあり、一度やってみたかった自己修理にチャレンジ。我ながら、せっかくだから試せる機会と捉えるあたり、前向きなんだか、だからこそ、取り扱いが不注意になるのか判断が難しいところ。 

 

 さて届いた商品は無骨そのもの。一昔前の自作PCのパーツといった感じ。何も見ずに作業を始めるのは危険と思ったので、ネットで検索してこちらのサイトを参考に修理。

 

【自分で修理】ASUS Zenfone2のフロントパネル交換方法【ディスプレイ】 – マガリスギ.net 

 

無事、作業を終え完全に復旧したけれども、知識なくやるとリカバリーできないくらい破壊が進んでいたかもしれない。一回交換して部品を組み立てたけどケーブルの接触不良があったために、全部一から組み立て直して全ての接着を丁寧に確認していったり、誰にでも簡単とは言えないなぁ。

作業時間は3時間くらい。それでも、新しくピカピカな液晶にもう一度出逢えるというのは気持ちがいいものだ。